私にも特別な思いのある日です。






 



私は、宮城県出身というわけではないのですが、震災の1年くらい前に宮城県に引っ越していて住んでいました。
朝から、市内へ出かけていて家族とは離れていました。


今までに経験もしたことのないような地震に本当に恐怖を感じました。
そして、携帯もなかなか繋がらない状態に一人で不安で仕方なかったです。
家族はどうなっているんだろうと連絡を取りたいのですが、連絡を取るどころか、自分が家に帰る手段すら見つけられなくて、ただただオロオロとしていました。
知り合いも少ない中で、その時の職場も市内だったので、何とか職場の人を頼って、車で家の最寄り駅まで送ってもらったのですが、信号も止まっているし、駅に着いた時には夜中になっていました。
送ってくれた人が心配をして、家まで行こうかと言ってくれたのですが、申し訳なくて断ったんです。
そこから歩いて家へ行こうと思ったのですが、余震も怖かったですし、何より普段は街明かりで明るかったはずの場所ですら暗くて、本当に怖い思いをしました。
それでも、一人で何とか家へ行こうと歩いていたら、トラックの運転手の方が声をかけてくれて…
どうしても家へ行かなくてはいけないと言うと、危ないから乗せていってくれると言ってくれたのですが、実際、家の場所を言うと、今、その場所には津波で行けないと言われてしまいました。
本当に被害の大きな場所ではなかったので、家が流されているとかではなかったのですが、結果、危険っていうことで、その場所には住めなくなったんです。
実際、その住んでた時に、海がそんなに近くにあるなんて、実は知らなかったくらいですし…
それでも、その時には、家がそんなことになっているなんて、思いもしなかったから、更に家族の安否に不安しかなかったです。
実は、それから3,4日、家族と連絡が取れなくて安否確認が出来ませんでした。
私は、近くの避難所にいて、何とか家族と連絡を取ろうと、一人で不安と恐怖に戦っていました。
避難所には、泥だらけで避難してくる方とかもいて、本当に私なんかは、全然、運も良かったんだって思います。
それに、数日と安否確認は出来なかったですが、家族も無事でいたので、それを考えると本当に良かった…と、思います。
でも、あの時には、一人でいたっていうのもあるからなのか、どうしても人の事なんか考えている余裕もなく、ただただ自分と家族の事ばかり考えていました。
あれからしばらくも、住むところや仕事や子供たちのこと、色々と大変だったけれど、今は、こうやって生きていられていることに感謝しています。


多くの方が命を奪われ、今も被災され避難されている方が多くいる事を忘れてはいけないと思います。


お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りしております。
そして、生きている事へ感謝をし、日々を大切にしていこうと改めて思う日です。